ヘッドフォンアンプの出力オフセット電圧はどの程度まで許されるか?検索してみると数mV程度という数字が多いようだ。中には10mV程度までとしている記事も見かける。
では、実際のところ、どの程度まで大丈夫そうなのか、ちょっと考えてみる。
ヘッドフォン・イヤフォンの定格
まずは、ヘッドフォンやイヤフォンの仕様を確認。調査機種はAmazonの売れ筋からピックアップすればいいだろうと思ったのだけど、上位はほとんどワイヤレス。これじゃ意味がない。ということで、売れ筋を参考にしつつも、適当に拾い出す。
メーカ | 機種名 | インピーダンス [Ω] | 最大入力 [mW] | 感度 [dB/mW] |
---|---|---|---|---|
ソニー | MDR-EX650AP | 16 | 100 | 107 |
JVC | HA-FX99X-B | 16 | 200 | 103 |
Denon | AH-C620R | 16 | 250 | 110 |
オーディオテクニカ | ATH₋M20x | 47 | 700 | 96 |
AKG | K240MK2 | 55 | 200 | 104 |
ヤマハ | HPH-MT7 | 49 | 1600 | 99 |
もちろん、他にもたくさんのメーカがあるのだけど、仕様を公開しているところは案外少なかった。とりあえず、イヤフォンとヘッドフォンを三機種ずつ。
ソニー イヤホン MDR-EX650AP : カナル型 真鍮製ハウジング マイク付 ブラスブラック MDREX650AP BQ
デノン Denon AH-C620R イヤホン カナル型 ハイレゾ対応 ダイナミック型 iPhone対応リモコン ホワイト AH-C…
許容最大電圧を求める
上の表から、最大入力が最も小さいものは100mWで、そのインピーダンスは16Ω。したがって、そのときの電圧は、
\(V = \sqrt{100\times 10^{-3} \times 16} = 1.26[V]\)
ちなみに、200mW、55Ωの場合は、
\(V = \sqrt{200\times 10^{-3} \times 55} = 3.32[V]\)
この電圧を超えなければ壊れないはず。
これに対して、一般的に言われるオフセット電圧の許容値の数mVは三桁小さい。10mVだとしてもせいぜい1/100程度なので問題ないだろう。
オフセット電圧から電流と電力を考えてみる
逆のアプローチ。逆算というか。
仮にオフセット電圧を10mVとする。このとき、ヘッドフォンに流れる電流はこの電圧をボイスコイルの抵抗値で割った値。
オフセット電圧は常時掛かっているゲタなので、実質的に直流のようなもの。無音時で考えれば分かりやすい。したがって、電流を求めるにはボイスコイルの直流抵抗で割ればよいはず。
しかし、ヘッドフォン・イヤフォンの仕様に記載されいるのはインピーダンス。そこで、手元にあるイヤフォンの直流抵抗を測ってみた(単純にDMMで抵抗値を測った)。そしたら、15Ωとか20Ωとかで、インピーダンスに近い値だった。もっと小さいだろうと思っていたので意外。
ということで、小さめに10Ωだと仮定すると10mVなら1mA流れる。したがって、電力だとこうなる。
\(10\times 10^{-3} \times 1\times 10^{-3} = 10\times 10^{-6} = 0.01[mW] \)
仮に直流抵抗が1Ωだとすれば10mA流れるが、電力だと0.1mW。
\(10\times 10^{-3} \times 10\times 10^{-3} = 100\times 10^{-6} = 0.1[mW] \)
ヘッドフォンやイヤフォンの許容最大入力は小さいものでも100mWだから、0.1mWなら全然問題ない。
音量と電力
ここでちょっと余談。
通常、100dBは「相当やかましいレベル」らしい。例としては、地下鉄の車内の騒音とか。イヤフォンやヘッドフォンの感度は概ね100dB/mWのようである(上の表参照)。ということは、1mW程度で十分な音量が得られるということ。
インピーダンスが16Ωと55Ωの場合、1mW時の電圧はそれぞれ次の通り。
\(16Ωの場合: \sqrt{1\times 10^{-3} \times 16} = 0.13[V] \\\\
55Ωの場合: \sqrt{1\times 10^{-3} \times 55} = 0.23[V]\)
仮に、100dB/mWの感度のイヤフォンで110dBの音量を得ようとするなら、10dB増やすので電力は10倍の10mWが必要(計算、合ってる?)。このときの電圧は次の通り。
\(16Ωの場合: \sqrt{10\times 10^{-3} \times 16} = 0.40[V] \\\\
55Ωの場合: \sqrt{10\times 10^{-3} \times 55} = 0.74[V]\)
ヘッドフォンアンプを作る際に、どの程度の増幅率が必要かの目安になる。
ちなみに、110dBは自動車のクラクションを2m位の距離で聞くレベルらしい。そんな音量で音楽などを聞き続けると、間違いなく難聴になるだろう。
まとめ
イヤフォンやヘッドフォンの許容入力の観点、つまり壊れないかという視点だと、ヘッドフォンアンプのオフセット電圧は10mV程度でも全然問題なさそう。
ただし、オフセット電圧があるということは、振動板がその電圧の方向に常に引っ張られており、そこを中心に振動することになるので、大音量時には内部の構造物に当たって振動が妨げられる可能性が考えられる。とはいえ、上で見たように許容入力に対してごくわずかな偏り(オフセット)だから、通常の使用でそのような状況が発生するほど振動するとも思えないが。
ということで、一般に言われるように、オフセット電圧は±数mVならまったく問題なく、±10mV程度でも気にするほどではなさそうだ。
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